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「世田谷区家庭読書の日」にお届けするおはなし 第20回 なつかしいコロとの出会い 「むささびのコロ」

  • 掲載日2019年10月23日

世田谷区では、「毎月23日は、世田谷区家庭読書の日」として家庭での読書をすすめています。 

 毎月23日に図書館職員が子どもの本のことや図書館での楽しい出来事をお届けしています。

 第20回 「むささびのコロ」

 世田谷の図書館に勤めるようになって、なつかしい本に出会いました。
『むささびのコロ』 (松谷みよ子文、井口文秀画 童心社)です。

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 わたしは弦巻で、子ども時代を過ごしました。弦巻は、当時もすでに住宅地でしたが、まだところどころにキャベツ畑が残っていて、道の側溝には今と違ってフタがなかったので、雪が降ると、雪が隠した溝に落ちないよう気をつけて歩きました。春になると、溝の端には、スミレやハナニラの花が咲いていました。そんな道を歩いて通った小学校で、学校図書室から借りてきたのが、この本でした。

『むささびのコロ』は、北陸の海辺の町が舞台のおはなしです。ある日、きよたかさんというおじさんが散歩をしていると、スギの木の下で、男の子たちが騒いでいるのに出会います。男の子の手にはネズミほどの生き物が載っています。それがおじさんとムササビの出会いでした。おじさんは、この目も開かない赤ん坊のムササビを引き取り、「コロ」と名づけて育てます。コロが段々と大きくなってムササビらしさが出てくる様子がていねいに描かれていきます。

 本書の解説を読んでみると、このおはなしが実話であることがわかりました。絵を描いた井口文秀さんは、郷里の北陸の町で、いとこのきよたかさんからこの話を聞いて、「スケッチを重ね、心血をそそいでこの絵本をつくった」と書いてあります。たしかに、おじさんの暮らしぶりや、にぎやかなお祭りの様子がリアルで、まるで映画でも見るように、海辺の町の雰囲気がよくわかります。とくにコロが夜の森で木から木へと飛翔するページは、とても迫力があって、ムササビという動物の不思議さと力強さを感じます。

 読んでくれた母は、絵が気に入り、たまたまデパートで井口さんのサイン会が行われるのを知ると、出かけていって、本を買い、わたしの名前を書いてもらったそうです。名前が書いてある本は特別な感じがして何度も開いてみたものでした。

 おはなしの後半、お祭りでいんちき万年筆を売る男が出てきます。男はコロにひどいことをするのですが、幼いわたしはこのシーンが怖くて仕方がありませんでした。そして物語は悲しい結末に終わります。けれども、わたしの心には、悲しさよりも、コロと過ごした時間のかけがえのなさ、コロへのいとおしさの方が深く刻まれています。

 今、長い時をへて『むささびのコロ』を開くと、行ったことがない海辺の町も、おじさん夫婦も、コロも、とてもなつかしく感じられます。大人になって高尾山でムササビを見たとき、久しぶりの友達と会ったような気がしたのは、小さいころにこの本と出会っていたからなのかもしれません。

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